バッハのカンタータ

バッハのカンタータは以前から聞いていましたが、合唱などは実に美しいのですが、独唱曲などが晦渋で全曲を聞くことが出来ず。聖歌隊(少年合唱)の全集を持っていましたが、宝の持ち腐れになっていました。

ところが、鈴木雅明氏のカンタータを聞くと、実に洗練された演奏で抒情的にも美しい演奏でバッハのカンターの世界を示してくれました。何曲かよく知られた演奏を聞いていると温かく、善意と人間性を感じ、しかもその旋律の美しさに惹かれています。

バッハの器楽曲というと悲観的で冷たく、全く聞くことはありませんでしたが、ミサやクリスマスオラトリオなどの声楽曲は好きでした。今度の鈴木雅明氏のカンタータもさらに一層素晴らしく、今も聞いていますが、バッハのカンタータを聞くのが日課のようになってしまいました。

先ほども述べましたが、バッハのカンタータは温かさがありそれは神の慈悲を示しているようです。それに実に謙虚で、五井先生風の言葉でいえば愛と誠と赦しの精神に他ならないような気がします。五井先生の宗教書を貪るように読んだ時機がありましたが、その時の感動に似たものがあります。

バッハのカンタータはプロテスタントの音楽の形を借りた普遍的な宗教音楽であると思っています。宗教の精神を真実に現した音楽であり、その美しく善意に満ちた音楽は心を捉えてなりません。バッハの天才性は音楽のあらゆる面に現れていますが、カンターターこそ人類普遍の音楽あるという気がしています。

その真価を見事に現した鈴木雅明氏に敬意を表したいと思います。ドイツ連邦共和国から勲章を貰い、日本からは紫綬褒章を受けておられます。その他様々な賞を取っておられます。バッハカンター200曲近くの膨大な曲集を音楽性に置いても、音楽技術に置いても完璧に現した演奏だと私も納得しています。

ドイツではラジオでかかるバッハのカンタータは鈴木氏のカンタータが多いというのは、ドイツで作曲家をしている菅野さんもいっていました。欧米人がなし得なかったことを日本人が成し遂げたというのは、やはり日本人の感性の豊かさを物語っていると思います。全曲で二万円台ですが、個々にも売っていますので、自分の好きなカンタータを買って来て聞いてみられることをお勧めします。

第1番「暁の星は美しきかな」聖母マリアを讃えた極めて美しい曲
第71番「神は我が君主なり」曲の構成が優れており、唯一出版された曲
第140番「目覚めよと呼ぶ声あり」たいへん有名な曲で明るい曲
第51番「いずこの地にても神を歓呼せよ」ソプラノのアリアだけの美しい曲
などをよく聞いています。CD一枚に三曲くらい入っています。他の曲も素晴らしいです。
第51番はカンタータはこの一曲だけです。後他の単純なソプラノ曲が入っています。
私はこれらの曲を何度も聞いていますが、飽きることはありません。

心が洗われるような曲ばかりです。まだまだ有名な曲は沢山あるので一生聞いても飽きそうにないかも知れません。

147番は合唱が大変有名ですが、聞いて見ても余りぱっとしないので紹介しませんでした。「主よ、人の望みの喜びよ」は聞いたことがないので、検索して聞いて見ます。鈴木雅明さんのカンタータ全集は完璧ともいえるのですが、やはり出来不出来に差があるのかもしれません。暗い感じになると好ましくないですね。リヒターが多くの選集を出していますが、それを聞けばいいかと思います。更にバッハの伝記と作品紹介の本があるので、カンタータで特に取り上げている作品などを聞いています。

バッハのカンタータは最後のライプチッヒ時代に作られたというのは、現代の実証学的な研究で否定されています。ライプチッヒは伝統的な音楽の街ですが、トーマス教会のカントールであったバッハには上司が沢山いてトラブルが絶えず、バッハは最初の数年間でカンタータを作る意欲をなくしてしまったそうです。ライプチッヒ時代のカンタータは少数で後はそれ以前のカンタータを当てたそうです。そして、晩年は平均律クラビア曲集、ゴルトベルク曲集、フーガの技法、音楽の捧げ物といった好きな器楽曲を書いて心を慰めていたそうです。その中には出版された物もあります。というわけで、ライプチッヒ時代の聖なるバッハというのは伝説に過ぎなかったということになります。

バッハのカンタータが一曲しか出版されていないのも、そのような事情があったわけです。それでも、終始一貫してバッハのカンタータは宗教音楽の傑作で、今では宗教の良心を現した音楽としては優れた作品集となっています。現在バッハのカンタータ全集は、アーノンクール、コープマン、鈴木雅明の三種があり、選集ではリヒター、ガーディナーがあり、200曲近くあるカンタータにこれだけの演奏者がいるジャンルは他にはないと思います。


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