質問ありませんか?
人間の目的は何かというと、置かれた環境は神様が置いて下さったと信じて、その場で一生懸命いのちを生かしてやること、これより他にないですね。何でも一所懸命やるということが、人間の目的です。p47
”世界人類が・・・”という時には、天国行きのエレベーターに乗ったと思えばいい。それで後をつづけていれば、神様の方で上げてくれる。守護霊の方で上げてくれて、一番住みやすい所にポンと置いてくれるわけ。そこでまた働くことになるわけね。p63
例えば八十で死んだとする。七十九歳まで悪いことをしていたとしますね、それで亡くなる間際に、世界平和の祈りを教わって「ああ今までは悪かった。消えゆく姿だった。世界人類が平和でありますように」と本当に思えば、それはいい処にいってしまう。場所が決まってしまいます。ただし、やったものが少し残っている場合がありますね。残っただけは払わなければならない。払わきゃならないけど、うんと力が出ているから、場所が高いところに行って、払うのが楽に払える。p64
だから皆さんの場合は、どんな職業であろうと、そんなことは一切かまわず、世界平和の中に消えてゆく姿として、みな入れてしまえば、それはみな消えてゆく姿で皆さんは楽々と体が楽になります。p66
自分があるうちは、欲しいものでもなかなか入ってこない。あれが欲しいと自分のことばかり思っていると、なかなか入ってこないですよ。自分という者がなくなって人のことばかり思っている。世界人類のことばかり思っている。皆が幸せになるようにと思っている。そうすると服が汚れちゃったなあ、もう一着ぐらいあってもいいかなあと思うと、すっとその翌日、服の生地なんか送って来るんです。ああ靴が汚れたなアと思うと、明くる日「これお足に合いましょうか」と持ってくるんですよ。それはもう不思議なくらい、即日即刻来るんですよ。神様の方から注文するんですね。「質問ありませんか?」p71
(統一実習が進歩するには)要するに努力と辛抱、忍耐が肝心です。といってわざわざ辛抱しなくたって、時間がたちます。もう道にのってしまったのですよ。「質問ありませんか?」p75
大阪行きの汽車に乗った。まだかまだかまだか汽車の中を走り回っていても、何にも思わないで寝ていても同じ時間に着きます。何とも思わなくたって、同じ時間に着きますからどうぞご安心を・・・p75
人間というのは神様の方で決まっているんです。決まったものが現れるのです。だから、やるべきものは何かといったら、自分の想いを神様の中へ入れておけば「私たちの天命が全うされますように」と祈っていれば、いやでも応でも自分の天命が開くのです。余計やればやる程早く開くのです。p76
現われたら、ああこれは消えてゆく姿だな、と消す先を神様の中へ持ってゆく。神様いってもどこにあるか分からないから、人類の一番も目的であり、願いである「世界人類が平和でありますように」という言葉に働く大光明圏、救世の大光明の中に、祈りの言葉とともに持って行ってしまうのです。p85
自分はこんな悪い想い方のくせや、行いのくせがあるけど、こんな我が儘、こんな怒り心があるけれども、それはみんな消えてゆく姿なんだな。世界平和の祈りと共に、あ、出てきた、けれど消えたんだな、また出た、消えたんだな、とやっているうちに、どんどん減って、未来に向かっては、悪いものが出てこなくなる。p86
大概の場合、いくら教わっても、自分はだめなものだ、しゃくにさわるとか、こんな不幸になって、こんな病弱になってとこういうように思う。思うなといっても思ってしまうのだから仕方がない。思うのも因縁因果なので、思うように出来ているのだから。だから思ったらすぐその場で、あゝ先生に教わったのはここだなと、消えてゆく姿だ、世界人類が平和でありますように、神様お願い致しますと素直にやると、それだけ減っていくのです。p86
自分が働くとか力まなくても、神様は自然に自分を使って下さるんです。神様といのは自分の本心です。本心が自分をチャンと完全な働きをなさしめるのです。それを肉体の方の自分がやろうやろうとすると、うまくゆかないんです。そこで、私は、世界平和の祈りの中からすべてをやりなさいというのです。p92
私は若い頃音楽をやっていたでしょう。クラシックだけがいいと思って、ジャズ排撃論者だった。ところが今深く考えてみますと、ジャズはジャズでまた必要なんですね。流行歌は流行歌、何とか節は何とか節で必要なのですよ。その時々の波の変化ですね。ですからそう固く思わないで、聞きたいときには、なんでも聞いたらいいと思うんですよ。p95
善悪をあわせのむ、というような、その人はそれで消えてゆく姿をやっているんだな、というような、大きな赦しの気持というか、大きな気持でみてやって、「どうかその人の本心が開きますように」と見てあげればいいと思うんです。そうすると、心が広くなって、この世の中が、どんなことも悪いようなことも、みんな生きてきます。p96
個人においても、世界人類においても、いけないいけないだけで、あいつが悪い悪いだけでは、世の中はよくなりませんし、子供も家庭もよくなりません。相手の中に同調していて、しかも自分の光を相手に与えて、その光を相手に同化させるぐらいの力をもたなければいけない。それが大きな人物であり、大きな国であります。p98
キリストを信ずれば永遠の生命(神の命)が得られるということは本当です。ただイエスを信じればというのとは違うのです。真理を現す、神のみ心そのままを現したときこそにキリストが現れるわけです。イエスが真理を現したからイエスキリストなのであって・・・ただイエスという肉体を信じればというように勘違いをすると困る。肉体がなくなったら信じようがないです。ですからキリスト真理を信じるということです。p99
自分で精一杯やっても、みんな足りないのです。肉体人間では何事もなし得ないんだ、けれど一所懸命やっていることが立派なことだなということが分かると、そこに初めて神への道が開けるのです。「ああ肉体人間じゃなし得ないんだな、神様が内にあってなさしめ給うのだ」ということなのです。そこまでくると本当の信仰になるのです。それを私はすすめているわけなのです。p104
ここに過去生の因縁が現れてきた場合「ああこれはいけないんだナ、しかし過去生の因縁で仕方がなかったのです。ご免下さい、すみません、これからは同じことを二度としません」と自分の本心にわび、人にわびる。それで一つの業が切れますよ。・・・と「世界平和の祈り」して、守護霊様守護神様への感謝の心と敬虔な気持で祈ることによって、「消えてゆく姿」が成就するのです。p108
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